「サイノカミ」「虫送り」「だんごさし」

不思議な響きの言葉に聞こえるでしょうか?
これらは三島町で行われているお祭りや行事の名称です。
 
必ずしも町をあげての大イベントばかりではありません。
集落や隣組(ご近所同士の助け合い組織)、それぞれの家で行うような、ごくごく小さなものまで、多種多様なお祭りや行事が、今も三島町には受け継がれています。
 
一体いつから始まったものなのか。どうしてそのかたちになったのか。
はっきりとはわかりません。
ただ、江戸時代に会津藩がおふれを出して、書き残させたという記録に書かれているほどには、古くから続いているものばかり。
時代が経るごとに、人から人へ伝えられるごとに、細かな部分は変化したかもしれません。
それでも、三島町の人々はこれらの習わしを絶やさずに守ってきました。
特に、三島町ならではというと、「虫供養」です。
現在は、早戸地区でのみ行われているもので、「虫送り」と対になる行事と言われています。
というのも、「虫送り」が害虫駆除を願って行われるものだとすると、「虫送り」は野良仕事で止むを得ず殺生してしまった虫を供養する行事だから。

「虫送り」は会津のほかの地域にも見られますが、「虫供養」が今も残っているのは早戸地区だけです。
小さな虫にも敬意を持って接する、そんな心が行事を存続させてきたのでしょうか。
また小正月に会津全土で行われる「だんごさし」も、三島町では特徴的です。
「だんごさし」に用いるだんごは、食紅等で赤や黄色に色付けされるのが通常ですが、三島町の場合、茶色のだんごも混じります。
この茶色は、そば粉の色。
土地柄、大々的に稲作ができなかった三島町では米は貴重で、代わりに栽培のしやすいそばを使ったのではと考えられています。

「だんごさし」は五穀豊穣を願う行事。
儀礼通りに米を使えなくても、なんとかして神様に祈りを捧げようと苦心した、山村ならではの知恵の証です。
各地区で、家々で、行われてきた祭りや行事は、ほとんどが豊作や子孫繁栄を祈願したもの。
それは言い換えれば、山深い土地に暮らす民として、祈らなければ得られなかったものであるのかもしれません。
生業と生活に密接に結びついた、“暮らしから生まれた祈り”だからこそ、長い間、大切に続けられてきたのです。
スーパーができ、車が走り、現代の生活は、必ずしも生活の糧を自然の恵みに頼らなくてもよくなりました。
祈りの向かう先を失った行事や祭りは、果たしてこれからどのような道をたどるのでしょうか。