三島町は、面積の85%が森林という、森のまち。

山々は山菜やきのこなどの食料のほか、まきや炭などの燃料も供給してくれる貴重なエネルギー源として、人々の暮らしを支えてきました。
戦後、木材の需要の高まりに合わせ、日本中の山林に杉が植えられるようになると、三島町の山々もたちまち杉が席巻します。
しかし、外国産の安い木材が輸入されはじめ、国産材の取引は低迷。
特に、フシの多い会津産の杉材は全国的に見るとあまりランクが高くなく、
丸太1トンがせいぜい3,000円ちょっとにしかなりません。
そんなわけで、今、三島町の山には切りどきを過ぎ、手入れもされなくなった杉が大量にあるのが現状です。
これでは山がもったいない。
何か利用する手立てはないだろうか。
そこで浮かんだのが、再生可能エネルギーとして利用することでした。
 
三島町では、「一般社団法人 会津自然エネルギー機構」「NPO法人会津みしま自然エネルギー研究会」といった民間が立ち上がり、再生可能エネルギーの利用方法を探っています。
一方、行政でも町地域循環共生圏推進協議会を発足させ、官民一体の木質バイオマス活用によるエネルギーの自給システムを模索し始めました。
たとえば、地元の木材をまきストーブに使えば、灯油の使用量は減り環境負荷を減らすことができます。
木の有効活用になるばかりでなく、木の伐採を地元の業者が請け負えば、地域経済も循環。
ひいては、持続可能な地域社会の実現にもつながる、というのがひとつのプランです。
現在、三島町では、「木の駅事業」として、町民が持ち込む木材を薪ボイラーで燃やし、ものづくりの拠点でもある生活工芸館の冷暖房にすることを始めました。少しずつではありますが、着実に、エネルギーへの考え方が見直されてきています。

山林の活用と同時進行でなされなければならないのが、木を管理し、伐採し、山々を守っていく人の育成です。
いまや林業に携わる人は年々減少。特殊伐採や高所伐採の高度な技術も、継承が危ぶまれています。
 
いつの頃からか、山は危ない場所として、子供たちから遠ざけられるようになりました。
これほど山林の身近な三島町でも、山遊びをする子供はほとんどいません。
山と接点がなくなり、山を知らずに育つことで、最も身近な職業のひとつである林業とも距離ができてしまうのは残念なこと。
 
まずは子供たちが山や森に入るきっかけ作りから。
周囲の森への興味を持つことが、環境を考えるヒントになり、さらなる自然エネルギーの活用や山林の保全へと、まるで“環”を描くようにつながっていくのです。
 
エネルギーについて考えることは、町の未来について考えることでした。